廃サロンで手に取るCD

ブックオフ・図書館・TSUTAYAなど「文化の墓場としてのサロン」で入手してきたCDを紹介します。

第9回 Meredith Monk「Turtle Dreams」


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Meredith Monk「Turtle Dreams」(1983)

ECM 23792-1 E

 

「廃サロン」というあまりにも包括的な概念を打ち出した中で、ジャニスのことをすっかり忘れていました。東京・お茶の水に2018年11月まで存在したレンタルCD店ジャニス(中古CD販売のジャニス2は営業中)、ロック・ワールドミュージック・テクノ・現代音楽・ノイズ等々ジャンルを問わず国内外の希少盤を数多く取り揃え、ディガーの聖地と化していた伝説(と言うにはまだ早いですが)のショップ。視聴可なのは勿論、CD一枚一枚に簡単なレビューが添えられており、まだ見ぬ地への新規開拓を手助けしてくださる姿勢が素晴らしかったです。ジャンル分けが細かいのも棚を見ていてワクワクさせられましたね…(ペンギンカフェオーケストラが「ぼの」だったことだけ無性に覚えている)。しかしながら2018年の11月、音楽業界不況の煽りやダウンロード・ストリーミングサービスの発展の影響、だけではないのでしょうが長年のご活躍に幕を降ろしました。ディガー一人一人が各々の思い出を抱くであろうジャニス。関西にはK2レコードがあるので断言できませんが、聴く側における「音楽」の歴史にあるひとつのピリオドを打つ昨年の重大事件でした。

私個人のことを話しますと、ジャニスにちょくちょく通っていたのは閉店までの2年間くらいだったように思います。元々存在は知っていたのですがその有り難みに気づかず「なんかやたら料金の高いレンタル屋だなぁ」くらいに思い素通りしていました。しかしある時なんとなく訪れてみると(当時は移転前でビルの9Fで経営していました)平沢進P-MODEL関連のCDの充実ぶりに腰を抜かしました。当時私はテクノポップバカとしての比重が高かったので兎に角その辺りをできるだけ沢山借りて帰ろうと、纏めて10枚借りたんだったと思います(KRAFTWERKのブートなんかもレンタルしてましたねぇ、ジャニス狂気すぎるな)。その後も2,3ヶ月に一度は訪れ、現代音楽やalva noto率いるレーベルMEGO界隈、そしてノイズ周辺を中心に借りては毎回ほくほくさせられておりました。で、閉店直前になって小川範子ヲノサトルとコラボしOGAWA名義で出した二枚のアルバム(デカダン倒錯エレポップ歌謡でサイコー、中古で必ず1万前後はする)を発見したり、G-SCHMITTやSodom、黒色エレジーといったポジティブパンク界隈を咽び泣きながらゲットしたり…。最後の最後は在庫販売のタイミングで訪れたんですが、佐藤奈々子率いるSPYの再発盤を900円?で買いました。件のレビュー帯も付いてたので最高の宝物です…。

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スマホに残っていた唯一の在りし日のジャニスです、お納めください。

 

今回は閉店半年の節目として、ジャニスでアーティストの存在を知り現在でも愛聴しているアルバム、Meredith Monkの「Turtle Dreams」をご紹介致します。現代音楽は大好きなものの究極的なモグリかつ割とエンターテイメント性あるものを求めてしまう、現代音楽リスナーとしてはサイテーな私ですが、それでも何か自分にしっくりくるモノはないかとジャニスに行く度現代音楽の棚に齧りついていました。Steve Reich辺りはジャニスに相当痒いところをかきむしっていただきましたね。そんな中出会ったのがMeredith Monk。1960年代よりニューヨークを拠点に音楽、演劇、舞踏等クロスオーバーな活動を続ける彼女は「結局何者?」と問われるとヴォイスパフォーマーだと思っています。唸るような低音から空間をつんざく金切り声まであらゆる声色を使い分け、シラフと欲動と狂気を行き来するパフォーマンスはエネルギッシュなのにクールで、まさしく(あくまでリスナーの観点では)現代アートの良いとこどりな気持ちよさがあります。聴いてると不安感に苛まれるひとの方が多そうですが…。代表曲である「gotham lullaby」はビョークがソロ初期にライブでカバーしていて(それが収録されたブートもジャニスで借りたんでした)有名かもです。

https://youtu.be/SSf0FmXB_6M

こちらがモンクのオリジナルで、

https://youtu.be/876FiSktq_s

こちらがビョーク版です。

 

私がこんなところで語るまでもなく界隈では大御所中の大御所なMeredith Monkですが、その中でも本作が卓越しているように感じます。彼女の作品の殆どは演劇・パフォーマンスで披露するべく制作されたものであり、アルバムもパフォーマンスのサントラと化しているものが多いです。その一方でヴォイスの実験工房に溜め込まれた小作を数多く堪能できるタイプのアルバムもあります。どちらにしても傑作ばかりですが、正直何度も繰り返し聴くにはなかなかエネルギーが要ります…。現代音楽を気軽に聴こうとしてるのがそもそもの間違いなのですが。ですが本作はサントラと小品集の間に位置する作品です。表題曲である約17分の1「Turtle Dreams」の他に収録されているのはソフトに実験的といえる4曲のみで、いずれも最長10分最短1分14秒。「Turtle Dreams」に聴き入っていたらいつの間にかアルバムをフルで聴いていた、ということもしばしばあります。

まずはその表題曲をパフォーマンスと共に視聴していただきましょう。

https://youtu.be/FBlnrRUVfo0

Meredith Monk「Turtle Dreams」

…いかがでしたでしょうか、最高ですよね。もしかして寝てませんか…?

まず特徴的なのは単調であるが故に夢幻的なオルガンの音色。ミニマルミュージックの系譜で語られることも多いモンクですが(Studio Voice No.401「ミニマル」もご参照ください)、ピアノ伴奏の多いモンク作の中ではオルガンを用いたことでよりミニマル度が高いように感じます。「亀の夢」というタイトルやとぼけたパフォーマンスの地盤として使われることで、その音色の「玩具っぽさ」「催眠性」が引き立っているというか、赤ちゃんのガラガラのような心地よさを感じてしまいます。「ミニマル→催眠」という俗物の原体験を否定せず寧ろ温かく包んでくれるような、そんな音色でもありますね。

しかしながら我々を包み込んだ柔らかな布切れを台無しに切り裂くのがモンクを始めとする4名によるヴォイスパフォーマンスであります。そうでした、こちらが主役でした。男女2名ずつによる咆哮と安寧の応酬はそれこそレム睡眠・ノンレム睡眠の関係のよう。主に女性ボーカルが破戒を、男性ボーカルが破戒の興るベースを司っています。しかしながらそれらは何本もの糸のように絡み合い、時にパラレルな位置関係となったと思えば全てがブチブチと千切れる瞬間もしばしば。終盤、オルガンの音色がスッと止みアカペラ(という表現は正しくないに違いないのですが)となる場面は圧巻ですが「夢からの一旦の覚醒」と捉えれば世界観としては当然の流れ。なんともフックの多いヴォーカリゼーションであります。これがインプロの歌唱でないところが面白いですね。モンク達4人はこれを再現できるという…。

また、CDレビューという枠からは逸脱しますが、リンクを貼ったパフォーマンス映像も本作では当然ながら要の要素。足を前後左右に動かしながらささやかに移動し4人の位置関係が変動する。その中に日常の何気ない仕草(髪をかき揚げたり何かを振り払う動作であったり)が付与され、コンテンポラリーダンスしてるなぁとアホみたいにボーッと口が開きっぱなしになってしまいます。しかしミニマルが永続するのではなく、滅茶苦茶に身体を揺さぶる発作のような動きが挟まることで謎の緊張感が増しているようにも思います。「寝相」の示唆なのでしょうか…?あ、あと舞台?が安っぽい気功講習ビデオとか撮ってそうなスタジオなのもグーですね。淡ーいピンクがなおよし。

「睡眠導入」でなく「催眠」といった傾向の作品ですが、何度か本作を聴きながら眠ったこともあるので、そういう使い方も十分に可能な音楽でしょう。眠らずとも瞳を優しく伏せて、硬い甲羅に閉じ籠り眠るチャーミングな生物の見る夢を間借りしてみてください…。

 

本旨の紹介は以上ですが、その他の収録曲もなかなか素晴らしい出来ですので軽く触れたいと思います。

2「View 1」は時にミニマル、時に叙情的なピアノの伴奏をベースとし、そこに機械的加工?(ボコーダーとかではなく風呂場のように籠ったような)の為されたモンクのインプロにも思えるヴォイスパフォーマンスが幾度も挿入される、という形式を取っています。モンク作品としては一番オーソドックスなのですが、他の作品に比べてもかなりメランコリーで眠気を誘発する仕上がりとなっており、本アルバムの中で浮かないようなアレンジです。しかしながら突拍子のないシンセのプリセット音のようなものやハーシュノイズが極僅かに使用されているのを聴くと、単にアンビエンスの世界で終わらせない、モンクの狂気への執着を察してしまいます。特にプリセット音風のサウンドはスーパーボールがパインパインと弾んでいるような音色で間抜けですらあります。これが終盤も終盤で持ってこられるとなんとも閉口してしまいますが可愛らしいので良し。

3「Engine Steps」はその名の通りといった作品で、きっかり2分間トロッコの車輪のような軽いカタコト音を聴くのみ。Interludeの意味合いなのでしょうか、KRAFTWERK的で好きですが何しろ短いのでコメントしようがない。

4「Ester's Song」では可愛らしいプヨプヨしたシンセの音が伴奏で使われています。そこにモンクが「ナ、ナ、ナナナ~」と歌うのみ。こちらが件の1分14秒の作品です。幕間作品が連続するので、アルバムを通しで聴いているとだいたいこの辺りでハッとします。

5「View 2」はタイトルこそ「1」の続編のようですが、大まかな構成以外は全く別物といった印象を受けます。「1」に氷河の上で微かに聞こえる氷の割れる音のような静謐さを感じるのに対し「2」はやや俗っぽく「小屋」といった印象。「1」ではほぼ登場しなかったモンクの低音がベースになっており、乾いたオルガン?の伴奏が何故だか木・森っぽさを匂わせます(個人の感想でしかありません)。鋭利でなく丸みを帯びているので心地よさはありますが「1」の方が圧倒的に好きかな。

 

以上、廃サロン初の洋モノ&現代音楽コラムとなりましたが、伝わりましたでしょうか…?(それだけが不安でならない)ジャニスではもう借りることのできない作品ですが、ユニオン等で時々見かけることもあるのでアルバムとして聴いてみたい方はお探しになってみてください。

Meredith Monk、日本で何度か公演やってるっぽいんですがもう一度来てくれないかな…。テリーライリーの日本公演(フアナモリーナとのジョイントライブでした)を観た身としては可能性はゼロでないと思いたいのですが…。