廃サロンで手に取るCD

ブックオフ・図書館・TSUTAYAなど「文化の墓場としてのサロン」で入手してきたCDを紹介します。

廃サロン的2020年の17枚

さて、廃サロン的2020年ベストを紹介する、のですが、選盤の結果ちっとも絞り込めず。今年リリースの良作もなかなか多かったので自分の中で切り捨てるのは惜しい、と結局選出した17枚(恐ろしくハンパ)をそのまま残してみました。その分コメントは控えめに…。名盤との認識が浸透している作品に関してあえて私ごときが述べる必要もなかろう、ということでご了承下さい…。別の稿で触れた作品に関してもコメントは割愛気味にさせていただきますね。例の如く順位付けはせず、リリース年等に関しても順不同でございます。


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1.STUDIO MULE「CARNAVAL SUPERPITCHER REMIXES」(2020)

前稿でも取り上げました。80sの和モノ再提示の担い手であるSTUDIO MULEプロデュースによるカバーアルバム「BGM」に収録されていた、原曲は大貫妙子歌唱でYMOが手掛けたマスターピース、当作では甲田益也子(dip in the pool)がカバーした「Carnaval」をドイツのDJ、Superpicherがリミックスした作品が本作です。ややこしくて申し訳ありません。今月のdip in the poolのライブで甲田さんがパフォーマンスしているのを観て慌てて検索をかけるとLPのリリースだけでなくbandcampでもデジタル配信されているのを発見。早速購入し、毎日のように聴いています。リミックスは3曲収録されていて、「main mix」「dub mix」「ambient mix」と、いずれも匠な仕事が光るアレンジとなっています。「main mix」はパーカッションが強烈なものの原カバーの「バンドとしてのYMO」っぽさが排された、ミニマルで夢幻に揺蕩う踊り方が可能な良作。甲田さんの耽美な声とのマリアージュに関して、原カバーは「パワーの違和」を、「main mix」は「永遠の一部」を楽しめるアレンジとなっております。件のライブでも披露された「dub mix」は消え入るようなボーカル処理が印象的で、その分ベースラインが強調されています。BGMに最適。「ambient mix」は「よくぞ!」と思わず感嘆が漏れてしまう、陰ながらな白眉リミックス。ある意味クラブでは絶対に聴きたくない、帰り道に聴くべきな「余韻」に支配された一品です。

ここにはテクノ・耽美・ニューエイジ・そして少々の俗と、私の聴きたい全てが詰まっているように感じました。順位付けはしない、と銘打ったものの、今年一作だけ選ぶならコレかも知れません…。


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2.「SOMETHING IN THE AIR 空のささやき」(1994)

以前紹介済みでございます。上野ブックオフでゲットした「ニューエイジ部門」であれば今年一位な佳作。温暖と清涼の狭間で死んだように眠る、そんな贅沢のための音楽。


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3.ロス・インディオス&桑江知子「Romance」(1995)

こちらも「玉石混交」にてご紹介済み。今年はムード歌謡にどっぷりな一年でもありましたが、その中でもロス・インディオス、特にこのまさかの桑江知子とのコラボレーションは至高。「いまさら赤い薔薇」「東京楽園」はトレンディ歌謡としてクラブ使い余裕、と勝手に認定しています。桑江知子石井明美ロザンナと仲良し過ぎるのが気になる。


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4.キノコホテル「赤い花・青い花 e.p」(2020)

「コロナ禍」を意識してマリアンヌ東雲が宅録で制作した楽曲をバンドにてレコーディング。表題曲ではギターリフの疾走感(焦燥感とも)と明け透けな歌詞がディストピアトーキョーへの誰もが持ちうる反感を浮き彫りに。CD限定のカップリングには野坂昭如のカバー「マリリン・モンロー・ノーリターン」も収録。これが素晴らしい。ライブでは恒例のように披露されていたようですが、ディストピア的EPには最良の選曲かと。野坂版のイナタさ・頑固さがスタイリッシュに研ぎ澄まされたハイボール的カバー。アートワークのデザインを用いた手ぬぐいが特典として付属していましたが、使いやすいような使いにくいような不穏さ。


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5.町あかり「それゆけ! 電撃流行歌」(2020)

70-80sアイドルのカバーに行かないのがあざといよね〜と穿った第一印象を抱いてしまった作品です。昭和歌謡的打ち込みアプローチが匠なシンガーソングライター、町あかりの初のカバーアルバムは戦前戦後の流行歌でした。とはいえ新進気鋭のトラックメイカーに依頼したアレンジはいずれも「一周して今」な打ち込み。クラバーもニッコリな作りは流石です。「青い山脈」のバッキバキなやり過ぎ具合が底抜けに不穏で好き。


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6.ギャランティーク和恵「ビューティフル・アルバム」(2007)

出ました。前回の「2020年振り返り」でもご紹介したギャランティーク和恵さんの、2007年にリリースされた1stアルバム。70年代の歌謡曲を中心としたカバー集となっています。本作を聴くと近年の和恵さんの艶っぽい声には変遷があったんだなぁと思わされます。そんな軽やかな美声を楽しめる本作ですが、選曲はこの時から限りなくマニアック。事前に知っていたのは「銀河系まで飛んでいけ!」くらいで、「サイケな街」「芝居をする女」「手のひらの中の地図」等の知る人ぞ知る極上の昭和歌謡が並びます。特に佐良直美「芝居をする女」なんて彼女のどのベストにも収録されてないよ!そこで更に、選曲だけ独特なマニアに留まらず丁寧に和恵さんなりの歌い継ぎを成し遂げているのがまた素晴らしい。現在では中古盤を掘るくらいしか入手方法が無いのが惜しいです。

 

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7.梓みちよ「GOLDEN J-POP/THE BEST 梓みちよ」(1998)

で、こちらが和恵さん経由で愛聴するようになった一枚。梓みちよの70-80のアバズレ歌謡期の楽曲を纏めたベストアルバムでございます。アレンジはテクノ歌謡のカテゴリーに入れても遜色ない程のピコピコもの多し。「よろしかったら」の完成度は言わずもがな、「寂しい兎を追いかけないで」もまた気高い女の余裕とペーソスが過剰な打ち込みに乗せて歌われる佳作。イントロの「ピッピッピッ」と鳴るリフは永遠に聴いていられる。バブル期前後の文化を追っているとアンチの多さに気付かされるアズアズですが、私個人として好きになりがちな「SF・サイバーパンクアニメの敵キャラが組んでるバンドのフロントにいそう」という条件を軽々クリアしているという点においては何の問題もなく愛好させていただいております。

 

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8.ISABELLE ANTENA「HOPING FOR LOVE」(1987)

アンテナ、遅ればせながら今年どハマリしました。今秋、下北にある某ナイトカフェを初めて訪れた際にたまたまかかっていたレコードが本作だったのです。音だけ聴いていて誰だか分からなかったので店主さんに「これどんなレコードですか?」と尋ねたところジャケを持ってきていただき「あーアンテナってこんなんなんだ!」とちょっと感動。アンテナのイメージがクレプスキュール=オーガニック系で好みから外れる、という固定概念があったので…。確かに本作も所謂A面はアコギ主体のフレンチオーガニックミュージックの傾向なのですが、B面はかなり打ち込みしてていい感じ。7「Otra Bebera」なんてちょうど良くフレンチお耽美ディスコで、こんなのがナイトカフェで流れてたらあまりに「出来すぎていて」笑っちゃいますよね。当該の店では暗い照明の下妖しく光るカンパリソーダを飲むのが好きなのですが、そこに本作があれば空想上のお耽美ナイトの出来上がり。白い壁、青い扉、店主さんや他のお客さんとの接近し過ぎない距離感、深くないお酒、そして丁度良い音楽。嗚呼、全てコロナ前に知りたかった…。アンテナの打ち込み仕事は(トリオグループであった頃を含む)初期に顕著で、活動が経年してゆくにつれオーガニックに傾倒して行ってしまいます。フレンチポップの酋長として生きる上では仕方のないことなのでしょうか。その辺りからは想像し難いソロ1st「En Cavale」の打ち込みまみれ具合も勿論愛聴してますが、全曲通して「お酒を飲むように」聴くには2ndの本作の方が適しているように思います。いやー、こういう音楽に接すると「また「皆知ってるけど自分だけ知らなかった音楽」を自分のものにできた」という感慨があるんですよね…。


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9.Diskette Park「Community」(2020)

bandcampで出会った作品。vaporwaveレーベルとしての側面も強いbusiness casualからのリリースです。近年のOMDを彷彿とさせるアートワークですが、中身は小技の利いたテクノ小品集。2-3分程度の楽曲が23曲も収録されていて、クオリティにも大満足。それでいて0円〜の投げ銭価格とはどうかしてます。

Diskette ParkはこれまでもbandcampにてVaporwave・futurefankに当たる作品を数多くリリースしていますが、本作は一聴しただけでは純粋なテクノ仕事だと感じてしまいます。タグはvaporwaveもfuturefankも付いていますが。とにかくポップながら決してヤクザなテクノへは舵が切られず、踊らずに浸るテクノミュージックといった趣。音圧も強めで、バキバキ具合は十分過ぎるほど。しかし聴き込んでみると、彼が恐らく蒸気波関連の音楽ジャンルから培ったと思われる意匠が散見されるのも興味深いポイント。しつこさすら感じうるフレーズループがアルバムを通して蔓延しているところから顕著である他にサックスの挿入やフィルターで籠もったレタッチが施されている楽曲も多い。しかしながらこれをvaporwaveと言い切ることは難しいんだよなぁ…。クラブでのチルアウトには向かず、蒸気波ギークのお眼鏡に適うともいまいち思えない。これはクラフトワークから脈を発する純粋たるテクノとその子孫である蒸気波の邂逅盤なのではないでしょうか。あ、あとテクノの小品の集積という意味ではConrad Schnitzlerを想起させるとも。

ニューエイジでもなくアンビエントでもちょっと寂しい。でもでもチルアウトでもないんだけど。丁度良い音楽って無いもんかね?」という我儘な方はご一聴してみる価値アリだと思います…。


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10.佐藤隆十六夜曲 '80~'90」(1990)

高橋真梨子「桃色吐息」の作曲者として知られるシンガーソングライター、佐藤隆新宿ゴールデン街の(和恵さんの店でない)とある店にて彼の歌う当曲を映像付きで聴いたところ、高橋のものと趣を異にするアレンジと佐藤のしゃがれ声、そして彼の麻雀放浪記ばりのやさぐれ風貌にヤラれ、早速目黒図書館のサイトでこのベストを予約しました。勿論「桃色吐息」のセルフカバーも申し分ないのですがそれ以外の、特に主だった活動の中期〜後期辺りの楽曲がいちいち凝っていて聴き応え抜群。アレンジがヨーロピアンお耽美とエスノを行き来していて最高、打ち込みと生楽器のバランスも絶妙なんですね。彼の代表曲としては本作にも収録されシングルも発売された「マイ・クラシック」「カルメン」なんかが挙げられるのですが、それらにアレンジの傾向が顕著にあらわれています。正に大人の歌謡曲。佐藤のしゃがれ声も寧ろそのお耽美に拍車をかけるよう作用しており、一曲一曲が欧州の上質な調度品の如く黒光りしているようで恍惚…。当時のananなんかのBGMにしたい。他だと「デラシネ」「黒い瞳」が白眉。「デラシネ」は打ち込みとベースの圧と焦燥感満載のアレンジが素晴らしい。「黒い瞳」はインダストリアル・タンゴなアレンジで、サビ以外でドスンとBPMが落ちるのが洒脱。様々な技法で耽美の妙を魅せてくれます。一方で「お耽美」の一筋縄では片付けられない奇妙な楽曲もあります。根津甚八へ提供した「ください」は似非ターキッシュ?なイントロから半ば強引にヨーロピアンへと変貌し、言葉遊びな歌詞が良い意味で「病気の時に見る夢」のよう。根津甚八ver.が舘ひろしチックな歌謡ロックに縮こまっているのに対して佐藤ver.の面白さよ。「カリョービンガ」は空想上の半人半鳥を題材としたエキゾ歌謡で、胡弓とパーカッション、そして打ち込みが複雑ながら遊び心溢れるように絡み合っています。どちらの2曲も佐藤の作品の中では異色な歌詞を携えているのですが、ブックレットを見ると2曲とも作詞がヒカシュー巻上公一でさもありなん。更に調べると作詞∶巻上公一・作曲∶佐藤隆の楽曲縛りのアルバム(「甘い生活」)もあり、購入してしまいましたよね。実際は適当に佐藤のアルバムをヤフオクで購入したらそういうアルバムだったってだけですが…。

蛇足ですが佐藤隆のルーツはビートルズであり、初期の楽曲にその傾向が見られる他、1998年に久々にリリースしたオリジナルアルバム「8 beat dream」は全体にビートルズ的アレンジが施されています。本作は図書館ディグをする上では彼の作品の中で最も入手しやすいアルバムなのですが、私としては最初にこの「十六夜曲」というベストから入ったのでなんともつまらなく感じてしまいまして…(私にビートルズの通過経験がないのも理由)。クオリティは申し分無いのですが…。佐藤の魅力を感じられるのは80-90s辺りのオリジナル及び当ベストだと思います。と言うわけで歌謡曲ファンは必聴。


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11.パソコン音楽クラブ「Ambience」(2020)

コロナ禍を意識して制作されたアルバムから2枚目の選盤。こちらはもう言わずもがな文句なしのクオリティですよね。コロナで変貌した・させられた日常を編んだ日記、というようなコンセプトだったと記憶していますが、そこに「Ambience」と持ってくるパ音。今までのディスコグラフィー然り、彼らは本当にコンセプトアルバムを作る天才だと思います。アンビエントテクノ・チルアウト・ニューエイジを行き来し、単に「踊らないテクノ」に拘泥しないところにある種の希望を感じました。捨て曲無しの大傑作、とだけコメントするのは卑怯な感じがしてしまうのでひとつだけ。3「Ventilation」が一番のお気に入りですが、ここに挿入されているボイスがsteve reich「Three Tales」収録の「Dolly∶Cloning」で使用されているエレクトロボイスにクリソツで格好いい。それだけ。妖艶機械音声。


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12.Vanessa Daou「Zipless」(1995)

学芸大学の中古レコードショップ「サテライト」の店頭にて「5枚300円」で売られていて漁ってきたうちの一枚。これヤバいですよ。ジャンルとしてはポエトリーとアシッドジャズとエレクトロニカブレンドのような感じ。全体の質感をVanessa Daouのアンニュイな声が支配しています。内容はアメリカの小説家であるエリカ・ジョングの(確か)フェミニズム詩集「Fear of Flying」から引用した歌詞を語るようなトーンで歌い、バックに打ち込み主体のムーディーで神妙なBGMが流れている、といったところでしょうか。私、本作に関しては歌詞の内容よりも圧倒的に音に重きを置いて聴いてます。柔らかでダウナーな彼女の声と主張し過ぎない楽曲との絡み合いが最高。BPMもアレンジも全曲そう変わらないので悪く言えば単調極まりないとも。しかしこの作風ならそれで良いと断言できます。クラブでもバーでも自宅でも聴き得る音楽って実はそんなに多くないはずですが、本作はいずれにも適する。母語が英語でない以上は「流す」ことに意義を置いても十分役割を果たしてくれる作品だと思います。エンヤともイーノとも、まして日向敏文とも異なる癒しを任せられる一枚です。ブックオフの290円コーナーでも見かけたことがあるのでそんなにレアではないはずです。一家に一枚。


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13.安斉かれん「僕らは強くなれる/GAL-TRAP」(2020)

今年の邦ドラマを語る上で「M〜愛すべき人がいて〜」を忘れたとは言わせません。ま、私は録画をまだ観終えてないんですが…。浜崎あゆみ松浦勝人の過去を、「あの頃」の空気感と何故か大映ドラマ感(このドラマで一番得したのが田中みな実、という嫌すぎる事実)をブレンドさせて描き一部で話題を呼んだ当ドラマ。デビューして弱冠1年、初ドラマ出演ながら主役の「Ayu」を演じたのがこの安斉かれんでした。彼女は本作を含め現在までに5枚のシングルをリリースしていますが、いずれもタワーレコード限定で「0円」で配布されています。ライブもせず無料で楽曲を配布しソロアルバムも発売しない。果たして彼女に直接お金を落とせる日は来るのでしょうか…。

それはともかく本作は現時点での(配信を除く)最新シングルにして両A面作品。なんかやたらタイアップが付いていて、「僕らは強くなれる」は『2020年夏季高校野球 都道府県別大会』のテーマソングとして、「Gal-TRAP」は『バゲット』10月エンディングテーマ、『バズリズム02』10月オープニングテーマ、『それって!?実際どうなの課』10月エンディングテーマとして使用されました。いやもう売れよ。2曲ともに重要なのは「やっとあゆの世界線から抜け出たかな」と思わせてくれる点。1st〜3rdシングルは完全にあの頃のあゆテイスト満載で、この3枚がまるまるドラマのティーザーだったのか?と勘ぐってしまうほど(実際そうなんだろうな)。今年4月にリリースされた4th「FAKE NEWS REVOLUTION」は導入部こそあゆっぽいピアノフレーズから始まるものの全編はBPM早めのノレるJ-POP(嫌味ではない)に仕上がっていて好きで、同時にあゆ路線からの脱却を予感させてくれる楽曲でした。そしてダブルA面の本作ですが、いずれも「(私の思う)あゆっぽい音」はほぼ登場しませんでした。代わりに今のポップス、今の「ある種ナチュラルな」シンセ使いがベースになっていて、そこに関しては「現在」の音楽を聴かない者からすると特に感想はありません。しかしながら2曲其々の意匠の部分は多少凝っているようです。イントロがまんま久宝留理子の「男」な「僕らは〜」の方は全日本マーチングコンテスト金賞受賞の京都橘高校吹奏楽部とのコラボレーションゆえ、打ち込みとマーチングバンドとの応酬が気持ちいい一曲。決して融合ではなく互いに「我が我が」と主張し合っており、ブラスバンドテクノのようなものが期待できる訳ではありません。しかしいまいち噛み合わない故の大仰なパワーポップ具合、「妙」のなさが安斉の楽曲らしくて○。一方「Gal〜」はその名の通り一言でトラップです。こちらの方が「今のJ-POPにおいては常套なんだろうけど安斉には新境地」感が強い。と言ってもヒップホップ感や圧は安斉のトーンに合わせて薄められており「エモ」に収斂してしまえるアレンジ具合です。しかし「僕らは〜」然り、これを、安斉を「エモ」の箱に片付けてしまうのはあまりに惜しい。

あゆも安斉も作詞をするので体裁は「アーティスト」の括りなのでしょうが、脈々と続くジャパニーズアイドル史の先端であると語る層も当然ながら存在しますし、私もそれらを支持します。そして彼女らがアイドルならば、その中でも大衆に開かれたアイドルに当たるでしょう。アイドルにアングラ性を語ることや「地下アイドル」という単語が大嫌いな私にとって、「社会迎合なアイドル」として安斉を聴き、そのような形式で今後もバリバリ活動していっていただくことはある種の祈りであります。その上で「エモ」という、具体としての「音楽ジャンル」「ポスト浜崎あゆみ」でなく抽象としての「感想(ここでの「エモ」)」で安斉を見る流れになったことは望ましい…はずですが、それにしても「エモ」はねぇよなぁ…。「EDM」という単語が(テクノ・ダンスミュージック全部そうじゃねーか、と)何も語っていないように、「エモ」も感想としてあまりに抽象すぎて、今にも革新の中で彼女ごと消え入ってしまう危うさがあります。でも私はせめてもう少し彼女の音楽が聴きたい。ここから目立った活躍やショーレースでの成果獲得が果たされるとは贔屓目にも思えませんが、折角大きな存在に囲われて可愛がってもらえているのでもっと伸び伸びと活動していっていただきたいものです。

唯一の希望は、あくまで矮小なものに過ぎませんが、彼女への世論が肯定的なものに変わってきているということ。YouTubeにおいて本作2曲、そして未だ配信限定でリリースされている最新曲「Secret Love」のMVには彼女を支持するコメントが多数寄せられています(「かわいい!」とかその程度ですが)。約1年前に1st「世界の全て敵に感じて孤独さえ愛していた」のMVが公開された時の「あゆの二番煎じ」というコメントはめっきり減りました。トリビュート・オマージュからの脱却、現在への迎合も悪くないよな、と少しジーンとしました。本作以前の4作の無料CDがタワレコで配布された際はいつまでも在庫が残っていて「あーあ…」という気持になったものですが、本作のCDはリリースして暫くすると「売り切れ(売り切れ?)」の表示が。全作ほぼリアルタイムで集めてきた身としては嬉しい限りです。来年もこまめなリリース、願わくば1stアルバムなんかも出るといいんですけどね。


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14.Merrin Karras 「Silent Planet」(2020)

アイルランド出身のテクノ・ハウストラックメイカー、Brendan Gregoriyによる別名義、Merrin Karrasの作品。41分強の楽曲ひとつのみの収録で、ニューエイジものです。品のあるミニマルなシンセ音で構成された長尺の本作はタンジェリンドリームを彷彿とさせますが、実際彼のルーツにジャーマンロック、特にクラウスシュルツェがあるのは確かなようです驚きなのは2日という製作期間の短さ。普段なら数ヶ月から年単位でかかるところを「自分なりのチャレンジ」としてこの短さで纏め上げリリースしたと言います。

御託はどうでもいいです、肝心の音について。6つのセクションで構成された本作。アンビエントからスペーシーなトランスミュージック(言わずもがなヤンキズムとは背反するもの)へのなだらかな移行具合や、品のあるミニマルなシンセ音で構成された長尺作品であるという点から否が応でもタンジェリンドリームを彷彿とさせますが、実際彼のルーツにジャーマンロック、特にクラウスシュルツェがあると本人より語られています。「初めて自身の作品に導入した」と語られているパーカッションが何故か和太鼓風味で、その和のテイストが「ジャーマンミニマル」っぽさに留まらないニューエイジ感覚に落とし込まれている所以?あと例に挙げたタンジェリンドリームの初期作のように後半でべらぼうにハイになるわけでもなく、むしろ前半部のあのホワーンとした空気にミニマルなトラックが絡むつくりなので品良く聴こえるのでしょうね。兎角飽きの来ない傑作です。こちらもbandcampにて投げ銭で購入可能。

 

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15.吉村弘「Green」(1986)

ジャパニーズ・ニューエイジの神様である吉村弘の最高傑作との声も高く、当時出たLPが数万円で取引されていることで知られる本作が、好事家の念願叶って遂にCDにて復刻。今年の復刻リリースの中で特に話題を呼んだ一枚でしょう。私も買いましたし、音楽に疎いけど眠れる音楽は好きという方にプレゼントもしました。アートワーク含めこの爽やかだけども湿った恍惚には感嘆するしかありません。ニューエイジであり環境音楽、しかしアンビエントとは少し違う、という感覚で私は本作を捉えていますが、そんなこともこの余裕の貫禄には無意味。浸りましょう、そして微睡みましょう。私ごときが今更何を言うか、という被害妄想すら心地よい。


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16.Software「Digital  Dance」(1987)

こちらも復刻モノ。vaporwave前史の大傑作が、配信復刻から長きを経て遂にCD発売。この牧歌的ながらフェティシズム溢れるジャケットに柴崎氏による解説文、それだけでモノを持っておく価値があるってもんです。音に関してはこれも私が語る幕はございませんが、強いて言うなら「新蒸気波要点ガイド」にも載っていたように「クラウトロックニューエイジ・vaporwaveの先祖」という説を軽やかに証明してくれるマスターピースです。「Island Sunrise」「Digital  Dance」の白眉っぷりも爽快。一生聴いていられる必聴盤。配信で音楽を買ったりライブを観たりすることに抵抗のある頑固爺ゆえ、物的にリリースしてくれたことに感謝です。


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17.SideVision「Moon Light」(1988)

今年レビュー活動に一区切りを付けられたanouta氏の「トレンディ歌謡に抱かれて」。数年前にこちらで美川憲一の大傑作リミックス盤「Golden Paradise」に出会って以来欠かさず愛読させていただいていたのでその休刊に淋しさもひとしお。今年も数多くのトレンディ期の埋もれた名作をレビューされていましたが、そこで知った本作は正直もっと評価されるべき、と感動させられたものでした。詳しくは氏の記事をお読みいただくとして。私はこちらをメルカリで300円程度で入手しましたが、未だネットで見た感じ市場価格が割と高騰してますね…。

内容としては打ち込み主体のナイトドライビング的フュージョンインストアルバム。摩天楼ジャケなフュージョンものだと伊東たけしの「ニュースなあいつ」のサントラも傑作ですが、それに近いものがあります。どちらも5年以上前だとダサ〜と掃き捨てられてしまいがちなものの、昨今の好事家のリスニング感覚だと大いにアリというか。アップなものもスローナンバーもバブルが炸裂しており、「vaporwaveやニューエイジ、バブル感覚の文化を愛好する中でフュージョンを聴いてみたいけどどれを聴いたらいいんだい?」という私なんかにはうってつけの盤でございました。捨て曲ナシであるのは大前提として、個人的には9「Step To Town」の激アツシンベとサックスの荒ぶりが趣向に刺さりますかね。しっとりと終わるラスト前の大高揚っぷりはアルバム構成としてあまりにもベタですがそれがイイ。こういう作品ばかり聴ける集いはあらんかね。

 

…以上、17枚全てのレビューが終了しました。中古含め盤をCDで購入したものが9作、配信で入手したものが4作、図書館やTSUTAYAでレンタルしたものが4作。そのうち図書館ディグが2枚か…。図書館でレンタルしたものは聴いてきたものの中では最多なハズですが、ディグとは言えない著名盤や取るに足らない作品ばかりなのでこの程度ですかね。あ、今年手に入れておいて聴かずに積んでる作品も相変わらずありますのでそれらの中で傑作が登場したら来年のレビューや普段の記事に回させていただきます。しかし…久々のレビューかつこれほど多くを一気に書き切ると…疲れました…。趣味でしかない以上自分だけのためにやっていることなのですが、願わくばなるべく多くの方にお読みいただき、「へーこれ良いんだ、聴いてみよ」とどなたかのリスニングの口火になればこれ以上なく幸いでございます。来年も、もしかすると半ば永遠にやんわりと、コロナ禍は継続するでしょう。その中で、各好事家がより良いディグできることに祈りを捧げつつ、2020年という距離の見えない洞窟の入口を閉めたいと思います…。あ、今執筆しながらこないだ中野・メカノの店頭300円コーナーで運良く手に入れた清水三恵子「貝の道」を聴いてみています。これ最高じゃん。来年のレビューに入るか否かはお楽しみに。では皆様良いお年を。