廃サロンで手に取るCD

ブックオフ・図書館・TSUTAYAなど「文化の墓場としてのサロン」で入手してきたCDを紹介します。

レコファン渋谷BEAM店閉店-青が消える-


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渋谷のレコファンが今日、つまり2020年の10/11で閉店する(本稿投稿時、閉店までラスト2時間のタイミングです)。夏頃から告知され始め、私を含むディガーは、別れを惜しむように残りカスを漁るため足しげく通った。しかしそれも今日で終わり。「そう言えば私が初めて渋谷レコファンに来たのはいつだっただろう」と考えてみる。確か2013年くらい、高校の頃だった。

 

バス通学だった私は渋谷まで乗車可能な定期券を買い与えられており、よく渋谷に遊びに行った。と言っても私が高校の頃なのでディスコに行く訳でもプールバーに行く訳でもない。TSUTAYAでCDの棚を眺め、ブックオフ(跡地は現在GUに成り下がった)でCDや漫画の棚を眺め、つまりは「棚を眺めること」が私の渋谷での遊びだった。「まんだらけ」なんかは地下に降りていく入り口が怖くてまだ行けなかったなぁ。そんな頃に出会ったのがレコファンだった。

初めての入店時を覚えている訳ではないが、当時も店内の様子はさほど閉店時と変わらない。とにかく棚・棚・棚!あれほど膨大な量の棚にCDがぎゅうぎゅう詰めに差し込まれている。ブックオフの雑然さとは様相を異にする、灰色の猥雑さを感じた。ところで私は当時音楽に今ほどの興味、というか探求心がなく、好きなアーティストと言えば徳永英明斉藤和義沢田研二YMO中島みゆきetc.くらいのものだった。よって当時はその辺りの並びを中心に見たと思われる。徳永の棚を見た時私は歓喜した。当時ネット以外で入手方法はまず無いと思い込んでいた徳永のもやもや病による活動休止直前のシングル「CALL」や「種」が並んでいるではないか。その2作はアーティスト徳永英明の本質(と私は考えている)である「中二病まがい」が色濃く表出されている楽曲であり、YouTubeかなにかで愛聴していた。この無名ながらネットくらいでしか手に入らないシングルがいずれも100円。高校生の小遣いでも余裕で悩まず買える。さらによく棚を見ると、徳永のライブ来場者に限定で配布された「I'm free…」までもが100円で無造作に並んでいた。はやる気持ちを押さえつつそれら三枚をレジに持っていく。支払った金額、315円。これはヤバい。当時家族に「何かコワいからやめなさい」とネットショッピングを禁じられていた私には夢の国であった。その頃はとっくに図書館ディグもスタートさせてはいたが、そこでも手に入らない微妙なニッチさを湛えたCDが、ここではいとも簡単に買える。なんだここは。このようにして、私はレコファンとショッキングな出会いを果たしたのであった。

 

やがて大学に進学し、友人の影響もあり様々な角度から音楽を掘ることを本格化させた私にとってもレコファンはまさしくホームのひとつであった。KRAFTWERKにハマれば怪しいブート盤を、VHSディグを始めればよく分からないアーティストのライブビデオを…。中古のライブパンフなんかもちょくちょく買った。

 

レコファンで一番高い買い物をした時の喜びと直後の挫折感についても記しておきたい。テクノポップにお熱になった私は、特にP-MODEL関係をよく集めた。その中でどうしても欲しかったのが「LIVEの方法」というアルバムだった。これは1994年にリリースされた、平沢がP-MODELでバッキバキのテクノを演っていた頃のアルバムで、P-MODELの代表曲をその頃の過剰なアレンジでレコーディングし直した、つまりセルフカバーアルバムだ。当時はネットで買おうとすると大体12,000円程度。どうしても欲しいと言ってもちょっと買えない。そんなある日いつものようにレコファンを覗くと、件のアルバムが7,000円で並んでいるではないか!んん~~~、買え、なくはない、が…、いや、これは所謂皆欲しいやつ。買ってしまおう!と清水の舞台から飛び降りるような気持ちで購入した。帰宅後即PCにリッピングし、データが薄くなる(謎)ほど聴いた。その数ヶ月後だったろうか、神保町・お茶の水間にかつて存在した伝説のレンタルCDショップ「ジャニス」を初めて訪れたのは。まぁ、その後は言うまでもないのだか一応。ここは希少CDの宝庫であり、当然テクノポップ界隈の所蔵もピカイチだった。そこに「LIVEの方法」もありましたよ。レンタルすればたかだか500円程度。7000と500。この差は私の価値基準でもブツの所有欲がお得さに負ける。その時は泣きながら他の希少盤を20枚くらい借りたものだった。ま、だからと言って「許すまじレコファン」ということではない。他にお得な買い物をいくらでもさせて頂いたので。

 

渋谷のブックオフが消滅した時もかなりの喪失感に襲われたものだったが、今回のレコファン消失はより後からじわじわ来るものであろう。ディガーとして、あそこは私にあまりに身近過ぎた。大学の空きコマに、飲み会の待ち合わせに、何より煤けた知的好奇心の穴埋めに、レコファンには多くを頂いた。それほど大金を叩いた訳ではない。枚数にしても最高で一回にせいぜい3,4枚。ただ私にとって渋谷レコファンは、「漁り場」ではなく「渋谷という街そのもの」であった、という意味でかけがえのない場所だった。表層はとにかく猥雑で、安っぽくて、しかし確かにどこかに「愛」は、「世界」は隠されている。そんな場所。「これから渋谷でディグるときはディスクユニオンしか無いじゃん」とか、そういう軽い喪失ではない。渋谷からレコファンが無くなるのだ。私にとってこれからの渋谷は、かつての渋谷とはまるで意味が異なる。

そういえば高校の頃、現代文の教科書に村上春樹「青が消える」という短編が載っていた。読んでいただければお分かりになるかと思うが、あの「青」は今の私にとって、またディガーにとって、レコファンの看板の「青」でもあるかもしれない。

 

…安っぽい末文(↑)になってしまい恥ずかしい。とにもかくにも、グッバイ・レコファン渋谷BEAM店。

 

https://youtu.be/qQA58KjJsZc

徳永英明「CALL」

 

https://youtu.be/7k1cEXc_RZM

徳永英明「種」

 

https://youtu.be/PbmyMKTAlkk

P-MODELATOM-SIBERIA(LIVEの方法ver.)」