廃サロンで手に取るCD

ブックオフ・図書館・TSUTAYAなど「文化の墓場としてのサロン」で入手してきたCDを紹介します。

第8回 彩裕季「Heartstrings」


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彩裕季「Heartstrings」

ポリドール POCH-1274

 

今回ご紹介するアルバムは、言うなれば「玉虫色、またはカメレオン柄に飾り立てられたアルバム」です。軽く流し聴くと単調な作集にも思えるのですが、聴く角度や曲ごとのアレンジによって幾つもの異なる印象が立ち表れてくる。その印象たちはいずれも「どこかで聴いたことあるな」に繋がってしまうのですが。しかし文化とは「唯一無二」であることばかりを重んじていればいいものでもありません。(それが意図的でなくても、)受け手の持つ価値観によって多様な印象を柔軟に与えてくれ、かつ様々な「既存」を想起させてくれることでそれがある種の安心感にも繋がる…。「ありきたり」がいけないのではなく、「ひとつのありきたり」しか与えてくれないものが「つまらなさ」を産み出すのです…。はて、私は何に対して憤っているのでしょう。

要するに、今回のレビューでは「…に似てる」が連発されるのでご了承を、ということを言いたかったのです。

 

彩裕季(あや ゆき)、彼女は80年代海岸系シティ歌謡界の超メジャー歌手である今井優子を姉に持つシンガーです。姉が角松敏生プロデュースの元でバリバリのシティポップ・ディーヴァとして活動したのに対し、彩は今一つ地味な印象を受けます。リリースしたアルバムはたったの二枚。しかもシティポップに傾倒していた訳でもなく、純真無垢な歌謡曲路線。フューチャーファンクのネタに使えそうな持ち曲はゼロです。ただ、その透き通るような、しかし確かな重み・温もりを感じさせる歌声は必聴モノです。彼女自体の印象は、同時期のアーティストで言うと辛島美登里なんかに近いかもしれませんね。しかしこの印象は、本作の中でもコロコロと移り変わっていくのです。

本作はだいぶ前に新宿ブックオフの280円コーナーで発掘したんだったと思います。ピンクのイメージの中で女性がアンニュイに佇んでいるジャケが気になり検索すると、(前述の通り)当時anoutaさんの「トレンディ歌謡に抱かれて」の影響でハマってきていた今井優子の妹のアルバムだと!割と運命感じましたよね。

 

さて内容ですが、まず参加陣の豪華さよ…!歌謡界の御大である来生たかお来生えつこの来生夫妻をはじめ、瀬尾一三もアレンジで一曲のみ参加、そして何よりこっちでも角松敏生が作詞・作曲で二曲参加しております(検索かけるまで気づかなかった)。しかしアルバム全体を通して、跳び跳ねるような激しいアレンジは皆無。しっとりと聴かせるThe歌謡曲に傾倒しきっています。ただそこには特定の時代感がなく、いや2000年代以前であることは分かりきって聴けるのですが、いかにも「90年代の産物だ」というような確固たる特徴がでしゃばってきません。アップビート系の曲が無いからでしょうか。ともかく良くも悪くも、単に一度聴いただけでは淡々としたアルバムに感じられます。フックに欠けるというか地味~な印象。しかし二度、三度と聴くうちに幾つかのポイントで「あれ、この感じ何かに似てる…」となってきますでしょう。

まずは声ですね。前述したような特徴を持つ彩の声は「風の谷のナウシカ」のナウシカ役やアニメ版「めぞん一刻」の音無響子役で広く知られる声優界のベテラン、島本須美にかなり近いのです。そりゃあそういうシルキー系統の声でディスコテイックな曲は難しいでしょうに、と特定の方々には想像していただけるかと思います。島本の声がなんとなく分かる方に「島本須美が90年代に出してたトレンディ・メロウのアルバムだよ」と騙し聴かせても恐らくバレないんじゃないか、という自信さえあります。80-90年代の日本アニメーション発展の一助を担ってきた彼女の声に近い、という要素は深掘りしていくと面白そうですね。そういうコラムではないのでやりませんけど。

(島本須美にもトレンディ期のアルバムがあるんですよねー、どうにもオーガニック過ぎて個人的にはそこまでなんですがどっかで触れたい)

次は「何かに似てる」の曲調編です。まず6「さよならを巻き戻して」ですが、イントロのシンセリフで何かを連想させます。さらにサビのコーラスによるダブルヴォイスの淡々と、かつ優しく切ないメロウな感じ。これ、完全にあみんの「待つわ」じゃん!女性デュオによる泣き歌として殿堂入りを果たしている感のある「待つわ」ですが、こちらはそれよりも若干大人の恋愛感情を、わりかし軽やかに詞・曲・声で描きあげています。YouTubeに上がっていないのでお聞かせできないのが無念でなりませんが、本作をゲットした暁には是非この「あみん感」を味わってみてください。

また、本作を締めくくる9「Will you wait for me」(こちらが角松敏生の作品ですね)、この導入のエレクトーン的シンセのフレーズ、そっと刻み始めるパーカッション、正にメロウと言って差し支えない完璧な美しさを携えています。ただ、この導入部がどうにも90年代のcocteau twinsに聴こえてならない…!「あれ、cocteau twinsがバックバンドやってるのか」ってなります。イギリスのインディーズレーベル、4ADの看板バンドであったcocteau twins。80年代には歪んだギターとエリザベス・フレイザーの魔女がかったボーカルが特徴であったのに対し、90年代には若干ポップでアンビエント的アプローチの楽曲が多くなり、そのような作風を詰め込んだ「Heaven or Las vegas」は彼女達の代表作となりました。そんな当時のcocteau twinsのイントロの作風に、本曲の導入部が酷似。角松やアレンジャーの小林信吾(トレンディ界隈の頻出人物)が何を思ってこのようなイントロにしたかは定かでありませんが、時代的なもんなんでしょうか。もちろん本編も最高です。メロウな味わいを最後まで保ちつつ、夢心地のままにアルバムを締めてくれる、これほどラストに相応しい楽曲というのも珍しいのではなかろうか、という作品になっております。

https://youtu.be/EJPjoFOuJmE

 

cocteau twins「Oil of angels」

cocteau twinsの方しかYouTubeに上がってませんでした…。この曲のイントロがマジで似てます。

 

いい加減YouTubeに上がってる本作の曲についても触れておきましょうかね。6「鳴らないベルに揺れる夜」が、本作で唯一YouTubeにアップされている曲です。こちらでは彩も作詞に参加し、アルバムの調和を乱さずにメロウ歌謡してくれています。しかし悪く言うとどうにも演歌っぽいような…、タイトルも国武万里の「ポケベルが鳴らなくて」に似てるし…あ、また「似てる」が登場してしまいました。当時のドラマ挿入歌のコンピに紛れ込んでても騙し通せそう。穿って聴かなきゃ結構いい曲なんですけどね。

https://youtu.be/dieKfuFb5Ok

「鳴らないベルに揺れる夜」

 

性格上、(興味のアリナシは別として)姉妹で似たような活動をしている場合、注目度の薄い方に良さを見いだそうとしてしまいます。広瀬姉妹だったらアリスに、有村姉妹なら藍里に(二つの例が酷似し過ぎててすみません)。本件についても、今井優子が近年にも新作を発表し界隈に愛されていることを考えると、私が見つめるべきは彩の方なのかなと勝手ながら思ってしまいます。今井がシティポップ縛りのクラブイベントでかかる夜に、ひとり静かに本作を聴くような人間でいたいものです。あ、今井優子も最高なんですよ一応。そちらに関してはネットのシーサイドに情報が転がりまくってるのでそちらを是非。

ともかく本盤、隠れに隠れた90年代メロウ歌謡としてお勧め致します。皆様の元に届きますように…

 


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今井優子「殺したいほどTonight」

anoutaさんが本作をレビューしてたのが全ての始まりです…!トレンディ歌謡の最高傑作なのでこちらもご贔屓に。

http://ur0.biz/Z3Hn

トレンディ歌謡に抱かれて 第5回:今井優子「殺したいほどTONIGHT」